代理参拝

2024年1月8日

先に故・中西研二さんについて投稿しましたが、その中でディクシャについても書きました。私はディクシャとは何なのかよく知りませんでしたが、皆さんはご存じですか。中西さんは次のように言っています。『ワンネスディクシャとは、インドの聖者シュリ・バガヴァンが人々を苦しみから解放する為に始めたエネルギー伝授の事です。ディクシャとは、元々インドのヨーガやアーユルヴェーダといった古代から伝わる伝統の中で使われていた手法で、中国で言う気功に近いものかもしれません。特にワンネスユニバーシティで行っている「ワンネスディクシャ」は、私達が大いなる存在とのきずなを深め、人生をポジティブに生きる為のエネルギーを得る為にとても有効に働きます。このワンネスディクシャは、私達の脳に働きかけるようにプログラムされています。脳の物理的な状態が変る事で、思考パターンが変わります。それによって、心のしこりや不安感といった感情的チャージが自然と解消されていきます』と。中西さんはまた、「ディクシャは脳の手術です。エネルギーによる手術です(前頭葉と頭頂葉に影響を与える為に電気エネルギーを送り込みます)」とも言われています。苦しみから完全に開放されれば悟りを得たことになりますので、ディゥシャとは、究極的には、悟りを得る為の一つの手段とも言えると思われます。因みに、ワンネスとは「宇宙も地球も自然も人も全てが繋がって一つであり、エネルギーにおいて共通である」という意味です。

出雲大社や伊勢神宮などの有名な神社に参拝に行く場合に、知人や近親者などから「私の分も一緒に参拝してきて。私の願いもお願いしてきて」などと、代理参拝をお願いされる場合もあると思います。代理参拝が良いかどうかというと、代理参拝はあまり良い事ではありませんので、お断りした方が良いと言えます。

因みに、お土産にお守りを買ってくる事は良い事ですので、問題ありません。お守りには、その神社の波動が入っていますので、それをお渡しすると、神社参拝程の恩恵はないにしろ、良い波動が貰えます。

何故、代理参拝が良くないかと言いますと、「本人が参拝せずに、代わりに他の人に参拝して頂く」という事は、神様に失礼に当たるからです。これは、例えば偉い人に就職の便宜を図って頂く為にお願いに行った時に、「僕の友人もその会社に就職したいと思っており、友人がよろしくお願いしますと言っていました」、という事と同じと言えるのです。

勿論、神様は代理参拝を怒ったりしませんが、「そういうように伝えて下さいと言われました」という事と同じと言えるのです。ですので、そういう失礼な事はしない方が良いという事です。

では、病気や怪我などで参拝に行けない人の願掛けはどうすれば良いでしょうか。例えば、母親が病気になって、母親から「あそこの神社に病気平癒の願掛けをしてきてほしい」と頼まれれば、母親の代理として願掛けに行きます。

その場合、神様への自己紹介は、「母親の氏名や年齢を言います」、そして「母親が来ることが出来ない理由を述べます」、そして「私はその娘で代理できました」とメインは母親であることをハッキリさせるのです。私は、一切出さないようにします。お願いも、母親が願っている事だけしか言わないようにします。

もし、自分もお願いしたいのであれば、日を改めて、こっそり「私として」行きます。即ち、私が「私として行って、私に関する願は一切せず、母親の病気平癒も事だけを一心に願う」という事です。

Copyright © 小坂弘道 All Rights Reserved.